【日記】バイトを辞めて実は不安だった

さつきです。最近『御園かづき』にしようか迷っている。しないけど。

2024年12月末にてバイトを辞めました。非正規雇用ながらも自立した生活を送れるぞ!社会の一員になれるぞ!新しい人生の始まりだ!と喜んでいた11月の自分に申し訳ない。あとシンプルにバイト先にも申し訳ない。就労移行支援の職員にも。

さて、ニートです。

ただニートとして文化的退廃生活を送るのも面白くないので、ゆったり新人賞を目指すことにした。でもそれが果たして自分にフィットしているのか、自分にとって後悔のない選択なのかはわからなかった。

僕には人生における後悔が2つある。

1つ目は大学を中退したこと。19歳の冬、「もう一刻も早くこの悪魔の家(実家)から出ないと人生が終わる」と確信したイベントが発生してしまった。僕はそのイベントのせいで一生寿司が食えない体になってしまった。だから中退してフリーターとなるしか生きる道が残されておらず、渋々辞めたわけだ。

でも、この『高卒』のスティグマは思っていた以上に重い。まず正社員にはなれないし、同級生にも会えないし、どこへ行っても馬鹿にされる。一時期はそんな学歴コンプレックスで通信制の大学に通っていた時期もあったがスクーリングで2日間教室に缶詰にされる苦痛で辞めてしまった。

やっぱりそれなりにまともな両親がいて大学に通わせてもらえたならなと思うけど、仕方がない。親は選べない。僕は残された駒で戦うしかない。面白くなってきたなあ。

2つ目。好きなバイトの先輩に告白したこと。5年前のことだけど。振られたんだよね。その後、避けられちゃってしんどかったな。でも好きになったことは後悔してないのすごくね?

とまあ、いろいろな後悔があるのでジジイになった自分にツケを残さないように生きたいわけだ。

でも長らく僕は両親の顔色をうかがって、両親のために生きてきたので自分の欲求や感情が埋没してしまっていた。自分のやりたいことをやったつもりだったが両親の支配下にあった頃の自分の焼き回しだったり、両親に植え付けられた偽物の「らしさ」だったり。

ここ5年間はそれら埋没した欲求や感情の発掘調査の時期だったように思う。

しかし僕の欲求や感情は突出したエネルギーのようで、いきなり噴火してマグマがドロドロ出てきても数週間後には冷え切っている。

ADHDの本やカウンセリングを経てそれは『衝動』と呼ぶのだなと思った。

バイトを辞めたのは『衝動』ではないことは明言しておきたい。僕だって他の店舗へ移って働くという道もあったならそれが良かった。でも僕の健康状態がそれを許さなかった。そして僕自身、気づいてしまった「あー僕、別に社会の一員にならなくていいや」と。

僕にとってマトモになるということほどクレイジーなことってないんだなと確信している。
空気読むとか辛いことするとか言いたいこと我慢するとか無理。働くなんてもっと無理。
働くとなると家族のこととか性別とか偽らないといけないので無理。僕は嘘がつけないんだ。

じゃあ授賞する気のない新人賞にだらだら応募することが最適解なのか。
答えは否。

「もっと……僕には衝動が足りない! 人生のレールを踏み外すほどの衝動が!」

次回予告
もしもADHDが『人生のレールを踏み外す衝動のみつけかた』を読んだら

じゃ〜んけ〜んポン! ウフフフフフ

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